ジャイアンツと一茂

ジャイアンツと一茂 - 長嶋一茂について

長嶋一茂について

ジャイアンツと一茂



長嶋一茂のプロ野球選手時代は、タレント活動ほどの活躍はできませんでした。

大学時代は、父と同じ立教で野球に没頭し、プロ入団時も長嶋茂雄監督の愛称である「ミスター」から「ミスター二世」というキャッチコピーで、非常に注目を集めました。

1987年にヤクルトスワローズと大洋ホエールズ(現:横浜DeNAベイスターズ)からドラフト1位指名を受けて、ヤクルトに入団、プロ初安打がホームランと入団当初は非常に注目されるものの成績不振で徐々に出場機会が減ってしまいます。

さらに1990年にヤクルトスワローズの監督が野村克也になると、それまで以上に出場機会が減少してしまいました。

この時の理由として、野村監督は、長嶋一茂の身体能力については高く評価していたようですが、精神的な部分、いわいるモチベーシが無いということが理由だったそうです。

引退後タレントとして活動している時、テレビ朝日の「報道ステーション」で長嶋一茂と野村監督が対談の中で、「(ミーティング中に)お前漫画描いてたじゃないか」と笑いながら、当時の行動について言われたそうです。

その後1993年、父親である長嶋茂雄が監督に就任した読売ジャイアンツへ移籍し、翌年、チームのリーグ優勝と日本シリーズ制覇の一員として活躍しました。

しかしそんな活躍も長くは続かず、肘の故障が原因で長期離脱をせざるおえなくなったことがきっかけで、その後成績が低迷、さらに、コーチへ暴言などで二軍降格になってしまい、最終的に、戦力外通告を受け、現役を引退することになります。
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